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君とアニメと人生と

アニメ・人生・仕事の三本柱でお送りします

コンテンツの認識と未来

世の中 世の中-メディア

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「コンテンツ」という言葉が日本に浸透してから久しい今日ですが、未だに「コンテンツ」というものに対する認識が曖昧でイメージしづらいもののままだという意識がありました。

そこで今回は「コンテンツ」とは一体どのようなもので、今後はどうなっていくのかを私なりに考えてみたいと思います。

一般的な認識

まずは一般的な認識から見ていきましょう。

内容、中身という意味の英単語。メディアが記録・伝送し、人間が観賞するひとまとまりの情報、すなわち、映像や画像、音楽、文章、あるいはそれらの組み合わせを意味することが多い。具体的には、ニュース、小説、映画、テレビ番組、歌、ビデオゲーム、マンガ、アニメなど。デジタルデータ化されたものをデジタルコンテンツという。

出典元:コンテンツとは 【 contents 】 - 意味/解説/説明/定義 : IT用語辞典

要するに、メディアを通して受けとるもの全般をコンテンツと呼べば良いわけです。

「コンテンツ」への理解を深める視点

そして、その理解を更に深める視点として〈時間〉という切り口が非常に重要なのではないかとここで指摘しておきたいと思います。

一般的な〔物〕を買う構造

人間は基本的に、平等に与えられた時間という単位を労力に変換します。そして、その労力を貯めておけるものとするためにお金へと換えます。そのお金を使って物を買うわけですから、

<時間=労力=お金=物>

という構造が成り立ちます。この構造は、とても動物的で本能的なシステムですね。何故なら、目に見えない時間という概念を目に見える物に換えることができるからです。

コンテンツの場合の構造

さて、コンテンツの場合はどのような構造になっているのか考えていきましょう。

当然ですが、お金を手にいれる所までは先程と変わりません。大きな違いが生じるのはコンテンツを消費する際です。
例えば、本屋で小説を買ってきたとします。小説の価値と同じだと思われるお金を払えば良いだけですね。そして、家に帰ってきてその小説を読みます。この小説を読むのには時間が必要ですよね??
つまりここには、

<時間=労力=お金=コンテンツ+時間>

という構造が成り立ちます。

そして、この構造を上手く利用していたのがテレビだったわけです。この式はコンテンツの価格が高ければ高いほど不均衡を生みます。逆にいえば、コンテンツの価格さえ0に近ければ均衡が取れることを意味しますね。

そもそもコンテンツというのは、人間が生きるために必要なものではなく、それが全く供給されないことで人が死ぬものではありません。(※それでもし死んでしまう人がいたとすれば、それはコンテンツがなくなったことが理由なのではなくて、コンテンツを楽しむこと以外に生きる目的が無くなってしまっているという状況自体に問題があります。)

コンテンツにとって、それ自体を購入するためのお金をもらうことは矛盾をはらんだ要因であり、もっとも本義的な要因は、時間を使ってもらうことそれ自体なわけです。
昔は無料のコンテンツっていうとテレビやラジオぐらいだったわけですが、その母数がインターネットの登場と発達によって爆発的に増え、テレビやラジオの価値が相対的に低下したのが今の状況であるということになります。

コンテンツの未来

よって、これからのコンテンツは否応なく「無料」を求められる時代になっていくのではないでしょうか。とはいっても、お金をもらわなければコンテンツを作ることもできませんよね…それではどうやって収益を得るのか。

それは、そのコンテンツによってどれだけ濃い時間を過ごしてもらえるかが今後のカギになっていくはずです。時間を使ってもらうこと自体に価値を持たせられるかどうか。

具体的には、面白いコンテンツを作りその中で何か次の行動を起こさせることが必要になります。
例えば、アニメの聖地巡礼などはまさにこの非常に良いお手本だといえるでしょう。

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