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君とアニメと人生と

アニメ・人生・仕事の三本柱でお送りします

論理的過ぎる思考は時に危険を招く

人生 人生-考え方

今回のテーマは、論理的思考に潜む危険について。

我々人間には、「論理的なことは良いことだ」という刷り込みがあります。確かに物事を論理的に考えることは大事ですが、何でもかんでも論理的に考えれば良いというものでもありません。人間も結局は動物の一種ですから、本能や感覚に任せる部分も必要。

そこで今回は、あまり論理的に考え過ぎると大きな失敗を招くと思われるパターンについて考えてみたいと思います。

長ったらしい動機ほど胡散臭いものはない

例えば会社に入る際の動機を問われた時、

「私はこれこれこういう性格で、こういう体験を通してこういう考え方を持ち、こういうことがしたいので、是非この会社で働かせてほしい」

という風に言われると、確かに説得力はあるかもしれません。そして、ほとんどの学生はこういうことをきっちりと考えてからエントリーシートに書き、面接のときはこれを雄弁に語ります。

しかし、本心でこんなことを考えている人はきっとごくわずか。だからこそ、就職のミスマッチや早期退職が問題となるのでしょうね。

こんな風に、一見すると論理的で素晴らしい動機でも、そこに自分の「意思」が伴っていなければ逆に自分を苦しめることになります。また、論理的であることは悪いことではありませんが、それが「正しいこと」とは限りません。

動機なんてもっと単純で短絡的なもの

それに私は、そもそも人が何かをする動機なんて、もっと単純で短絡的なものだと思います。

腹が減ったから食べる、眠いから寝る、モテたいからオシャレする、むしゃくしゃするから人に当たる、自分の意見を書きたいからブログを書く。

論理的な思考も結構なことですが、就職などのような悩ましい事柄ほど、もっと単純に考えてみてもよいのではないでしょうか?本能のままに、わがままに。

 

念のため一言付け足しておくと、「本能」と「感情」は別物なので注意が必要です。一時の感情に任せるのではなく、じっくりと自分の本能に向き合う必要があります。本能とは感情というより「欲」です。人様に迷惑をかけない範囲で、自分の欲に素直になることが必要。

やる前に理由を探すようなら初めからやらない方がいい

理由なんてものは、大抵の場合「後付け」に過ぎません。特に成功を収める人は、やる前に理由なんか考えません。気付いたらもうやっている。それはきっと、自分の本能に素直だからでしょう。

ですが、何かをする前に理由を探す人は少なからずいます。なぜなら、論理的であるということは何故か人を安心させるから。逆に、論理的でないことは人を不安にさせます。かくいう私もそれで苦しんだ時期がありました。

 

自分のするべきことは何なのか。何をすればよいのか。こんな難しい問いに対して、論理的に答えられる人なんてほとんどいません。

 

結局のところ人間は、物事を論理的に考え「られる」というだけなんですね。

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