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君とアニメと人生と

アニメ・人生・仕事の三本柱でお送りします

否定からは何も生まれない~「ノーゲームデー」から考える~

世の中 世の中-時事

今回は珍しく時事ネタを扱ってみたいと思います。

テーマは、北海道の教育委員会が2月から実施している「ノーゲームデー」という施策について。道内の子どもたちの学力が全国平均を下回ったことに対する対策らしいですが、どうみ見ても頭の堅い大人たちが考えつきそうな稚拙な方法ですよね。

「ノーゲームデー」とは

北海道教育委員会などは、ゲームのし過ぎが子供の学力低下につながるとして、ゲームをさせない「ノーゲームデー」なるものの導入を呼びかけ、注目を集めている。

出典:北海道教育委員会の「ノーゲームデー」にネットでは困惑の声 - ライブドアニュース

第1・第3日曜日は、大人も子どももゲームをしないようにしようという呼びかけを行っています。そしてその代わりに、教育委員会がアウトドアイベントを開催して親子一緒に遊んでもらおうという考えのようです。

「アウトドアデー」で良かった

でもこれって、ごく普通に「アウトドアデー」で良かったですよね。それをわざわざ「ノーゲームデー」と呼んでしまう大人たちに溜息が出ます。

何を根拠に、「学力の低下がゲームのせいだ」という結論に至ったのかはわかりませんが、一口に「ゲーム」と言っても色々あるわけです。シューティングゲームなのか、RPGなのか、脳トレなのか、謎ときなのか。それらをひっくるめて「ゲーム」と呼び、頭ごなしに否定することに一体何の意味があるのでしょうか?

それに、子どもの側になって考えたときに「ノーゲームデー」と「アウトドアデー」のどっちが楽しそうに感じるでしょうか?答えは歴然ですよね。

否定からは何も生まれない

今回北海道教育委員会は、学力の低下への対策として「ノーゲームデー」を実施したという報道がなされています。つまり、学力の向上という価値を生むために、ゲームを否定するという構造になっているわけです。

しかし、ゲームを否定したところで学力が上がるとは到底思えません。否定から生まれるのは、新たな価値ではなく“反発”です。「ゲームをやるな」と言われて「はいそうですか」と言うような子どもは、そもそもゲームなんか本気でやっていなかったケース。

つまり、教育委員会が本当にやるべきことは、「ゲームよりも面白いものがあるよ」という提示のはず。その“面白いもの”が勉強になることがもちろん理想ですが、最初からいきなりそうもいかないのは仕方ないでしょう。だからこそ、「家でゲームするよりも外で遊んだ方が楽しいよ」というメッセージを伝えるべきです。そのための施策の名前が「ノーゲームデー」であって良いはずがありません。

まとめ

名前というものは、それだけで物事の印象を大きく左右します。相手が純粋で繊細な子どもたちだからこそ、そういった印象には細心の注意を払うべき。一刻も早く、「ノーゲームデー」という名前を改め、「アウトドアデー」に変更されることを願っています。

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