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君とアニメと人生と

アニメ・人生・仕事の三本柱でお送りします

めんどくさいと思うようなことは大抵やらなくても良い

人生 人生-考え方

今回のテーマは、「めんどくさい」と思うことについて。生きている限り、色んな「めんどくさいこと」がありますよね?ですが、そう思うことって大抵はやらなくても大丈夫なんだろうと私は思います。その理由を説明していきましょう。

人は必要にさえ迫られればやる

めんどくさいことというのは、そう思っている瞬間はまだ取り立ててやる必要がないことだと言い換えることができます。そんな無駄なことを考えている暇があるんですからね。

例えば、洗濯をするのがめんどくさいと感じたとしましょう。確かに、洗濯って面倒ですよね。天気も気にしなくちゃいけないし、時間も取られるし、取り扱いが厄介な衣服もあります。ですが、もしも明日のお出かけに着ていくための服が一着もなかったらどうしますか?仕方なく洗いますよね。

そしてその後は、直前に急いでまとめて洗濯をする大変さと小まめに洗濯するめんどくささを天秤にかけ、どちらか一方を選ぶことになります。それでめんどくささの方が大きければ、小まめに洗濯をするようになるというだけの話です。

意義を感じられないのなら無理してやっても意味はない

私は昔、父によく「本を読めよ」と言われ続けました。父はとにかく部屋にたくさん本を溜め込むタイプです。何度か本を直接手渡されたこともありました。

しかし、そうして受け取った本を読んでいて、面白いと感じたことはほとんどありません。めんどくさいけど、とりあえず内容を聞かれたときのためにざっくり内容を把握し、1週間ほど経ったら全部読み終わったことにして返していました。

このやり取りに何か意味があったのかと考えると、要約能力ぐらいしか身に付いていなかった気がします。(内容もほとんど聞かれることはなかったので、要約もあまり鍛えられていませんが)今思えばきっとその本には有意義なことが書かれていたのでしょうが、こちら側にそれを受け取る気がなければ何も得ることはないでしょう。

大切なことは「認識すらできていないこと」の中にある

そんな風に昔は全く本を読まなかった私ですが、今は誰に言われるでもなく自分で本を買って読んでいます。自分で買った本を読むのに、めんどくさいと感じるはずもありません。

最近になって一つわかったのは、結局大切なことは「めんどくさいこと」の中ではなく、「認識すらできていないこと」の中にあるということです。

私は、この世の本の中にこんなにも自分のためになる本が存在することを認識していませんでした。これまで周囲の人間に薦められてきた本だけを見て、「本というのはつまらん」と判断してきたからです。

まとめ

私は大のめんどくさがりなのですが、自分が面倒だと思ったことで後々やらずに後悔したことがほとんどありません。人の感情というのは、案外信用できるものだと思います。

めんどくさい・やりたくないという感情は、無意識に発せられた拒否反応です。その信号を無視し続けると、何か違う所に問題が発生するはずです。何事に対してもめんどくさいと感じないのなら別にいいですが、多分そんな人はいないはず。ですから、普段からカチッとしっかりしている方は、たまにはめんどくさいことを思いっきりサボってみるといいですよ。場合によっては、あなた以外の誰かがやってくれるなんてこともあるかもしれません。

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