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君とアニメと人生と

アニメ・人生・仕事の三本柱でお送りします

人生において「遊び」は本当に必要なのか?

人生 人生-暮らし 人生-考え方

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私は以前から疑問に思っていることがあります。それは、「なぜ人はこんなにも遊びたがるのか?」ということです。「遊ばないとやってられない」と言っている方々のことが、正直不思議でなりません。

なぜそう思うのかといえば、私自身が基本的にあまり「遊びたい」と思わないタイプの人間だからでしょう。厳密に言えば、人とは少し遊びの定義が違うのかもしれません。私にとっては、学校に行くことは友達に会えるという意味では十分遊びでしたし、学習塾や予備校も同じでした。要するに、友達と話すことそれ自体が、私にとっては十分「遊び」だったのです。 

今回はこの「人生に遊びは本当に必要なのか?」という疑問を検証してみたいと思います。

そもそも「遊び」とは何か

そもそも、多くの方が普段口にしている「遊び」という言葉は、一体何を指しているのでしょうか?辞書的な意味で言うと、

身体的・精神的活動のうち食事,睡眠,呼吸,排泄など直接生存のための活動を除き,仕事と対立する概念である活動をいう。仕事は他の目的達成のための手段であり,仕事自体は苦痛であることも,また強制されることもある。

出典元:遊び(あそび)とは - コトバンク

のことを指しています。要するに「遊び」とは、仕事ではなく生活(生きるために必要)でもないものを意味するわけです。

しかし、「仕事でも生活でもない」という定義は明らかに広すぎます。これが、「遊び」という言葉の定義を曖昧にしている最大の原因なのでしょう。

子どもにとっての「遊び」とは

さて、人生において「遊び」が本当に必要なのかを考える上で、子どもに対しての「遊び」を考えることは非常に重要です。

子どもに対してよく言われる言葉の中に、「子どもは遊ぶのが仕事だ」というものがありますよね?これは私もすごく好きな言葉で、子どもは遊びを通して大きく成長していくということを的確に表現した言葉だと思います。

ただしここで勘違いしてはいけないのが、ここで想定している「子どもにとっての遊び」とは、「学びのある遊び」のことを意味しているという点です。

それではその反対に、「学びのない遊び」とはどのようなものを指すのでしょうか?

多くの大人にとっての「遊び」

それは、「大人にとっての遊び」を考えることで理解できます。多くの大人にとって、「遊び」というものは学びではなく“消費”でしかありません。

汗水たらして「仕事」をしてお金とストレスを溜め込み、思いっきり「遊び」をしてお金とストレスを吐き出す。このような循環の下では、特に成長のない日常が待っているだけです。

つまり、「学びのない遊び」とは「多くの大人が想定している遊び」のことを指しています。

まとめ

ここまで、「遊び」には大きく分けて2つの顔があることを説明してきました。そしてその2つは、本来大人とか子どもという違いには関係なく、そこに「学び」があるかどうかによって分けられるものです。しかし多くの方は、このことを認識せずに2つを混同してしまっているように思えてなりません。

恐らく人がより良く生きるために「遊び」は必要です。しかし、本当に必要な遊びとは、ストレスを吐き出すための「遊び」ではなく、自分をさらに成長させるために「遊び」。つまり、「学びのある遊び」なのではないでしょうか?

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