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君とアニメと人生と

アニメ・人生・仕事の三本柱でお送りします

人生の中で1つくらい中途半端に終わらないことを見付けたい

ブログ ブログ-日記

今回は個人の日記、というかまさに備忘録的なエントリー。

私は昨日、こんなツイートをした。

この一言に、私の悩みが全て詰まっているような気さえする。そう、私はあらゆることに中途半端なのだ。今回は表題の通り、「人生の中で1つくらい中途半端に終わらないことを見付けたい」という思いを込めて、“中途半端”について考えてみたい。

何をもって“中途半端”と見なすのか?

そもそも、物事において何をもって“中途半端”と見なすのか。これは意外と難しいテーマだと思う。例えば、私は高校に入ってから初めてバスケットボール部に入った。そして、途中何度か辞めようと考えたこともあったが、なんだかんだで引退試合まで在籍していたのである。さて、この私のバスケットボール生活は中途半端だったのだろうか?

終わりを決めるのは他人?それとも自分?

この私のバスケットボール生活を例に考えると、世の中一般では「中途半端に途中で辞めずに最後までやり遂げた」という評価が下されるだろう。もちろん、社会や誰かが決めた“終わり”まで続けることは大事ではあるし、そこまでやらないと見えないこともあると思われる。ただ、だからといって誰かが決めた“終わり”までやれば、それが必ずしも「中途半端ではない」とは限らない気がするのである。
どういうことかというと、物事には「辞められずにダラダラと続けてしまうこと」がある。要するにこれは、期間ではなく力の入れ様が“中途半端”であるということだ。そしてこれが厄介なことに、一度「力の入れ様」が中途半端になると、人はなかなか本気には戻れない。だからこそ、途中で見切りを付けること、自分で終わりを決めることも、中途半端にならないために必要なことだと思う。

まとめ

自分の悩みをただ変換しただけの記事だったので、あまりまとまりがなかったが、皆さんは“中途半端”についてどのように考えているだろうか? 私個人のまとめとして挙げておきたい点は、自分以外の誰かが決めた“終わり”に惑わされないようにしたいということ。そして、自分で何かに区切りを付けたら、すかさず次の何かを探そうとすれば、きっと「中途半端ではないもの」、つまり「一生懸命になれるもの」が見つかる気がする。

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