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よく生きるために働く

働くために生きるのではなく

ニュースをAI(人工知能)が作る時代で僕らは何を信じて生きるのか

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昨日こんな記事を読みました。「Spectee、人工知能を活用して自動的にニュース記事を作成する「AI記者」の技術を開発」、この記事の趣旨を簡単に言うと、SNS上から事件・事故・火災・自然災害等の情報を吸い上げ、自動でニュース記事を作成できるAI(人工知能)の技術が特許として受理された、という内容です。

要するに、この技術がさらに進展していけば、事件・事故・火災・自然災害などの情報を、今後は生身の人間ではなくAIが伝えていくことができるということです。この記事では、この「AI記者」とでも呼ぶべき存在が登場した際の社会について考えてみたいと思います。

この世から生身の記者はいなくなるのか?

AI技術が著しく進歩する今日。AIが人の仕事に取って代わるであろう分野は、日に日に拡大していくことが予想されます。ご多分にもれず、僕のようなライターや記者に近い仕事をしている人間にとっても、ついに今回見て見ぬふりではいられないニュースが入ってきてしまいました。

今回のニュースに関連して、ニュースというものの性質について少し考えてみたいと思います。今回AIが自動で記事を作ることができるようになったのは、ただ事実のみを伝える内容の報道分野だと言って良いと思います。どういうことかというと、事件・事故・火災・自然災害などの情報は、正確な事実を伝えることが本義。基本的には記者からの意見や独自の切り口などは必要とされません。だからこそ、それが事実でさえあれば、それを誰が伝えようが、人間が伝えようがAIが伝えようがあまり大きな差異はないということになります。もちろんこういった人の「生き死に」に関わる情報を、「AI」という無機質な存在から伝えられる際、受け手側の心理に与える影響までは考慮していませんが。

AIが書いたニュースを人は信じられるのか?

受け手側の心理面に触れたので、そのあたりをもう少し掘り下げて考えてみたいと思います。そもそも、人間ではないAIが書いたニュースを人は信じられるのでしょうか?

恐らく最初は半信半疑でしょうが、慣れてくると疑いもせずに信じるようになるのでは思います。なぜなら、現状ではこと「ニュース」に関して言えば、それを信用する際に「誰がそう言っているか」というのはあまり重要視されていないからです。では、我々はニュースを受け取る際に何を重要視しているのか、それはそのニュースの出所であるメディア(媒体)。

我々は信用のあるメディア(媒体)からのニュースであれば、ほぼ抵抗なくそのニュースを信用して受け入れることができます。逆に、報道記者の名前をしっかり覚えていて、この人の言っていることなら本当だろう、という視点で見ている人は、よほど報道に精通した人以外はまずいないでしょう。

つまり、もし仮に信用のおけるメディア(媒体)に「AI」が作り出したニュースが登場したとしたら、最初は多少なりとも疑うでしょうが、次第にそれにも慣れていってしまい、現在の人間の記者が伝える情報と同じようにそれを信じるようになるというわけです。

エッセイやレビューなど、AIでは書けないジャンルもある

今回の記事では、事件や事故、災害などの情報はAIによる情報でもあまり問題ないのではないかということを自分なりに書いてきました。ただ、記事を書くということに絞って他の性質を持つジャンルを考えてみると、まだまだAIでは補完できないものも数多くあるように思います。

それは例えば、筆者の実体験や考え方、感性を言語化するエッセイやレビューといったジャンルです。AIは既に地球上にあるデータや知識をインプットすることは可能ですが、生身の人間と全く同じような“生の体験”をすることはできません。これから記事を書くことで生計を立てていこうとするならば、こういった“生の体験”を重視した計ケインを積んでいく必要がありそうですね。

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